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社会科連載コラム 第15話

ロバの目
第15話 幸せの基準




みなさん。お久しぶりです。高等部好評休載ブログの「ロバの目」のお時間です。
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このコラムは受験には関係ないかも知れない。


テストの点に結びつかないかも知れない。


しかし、生きていく中で知っていて欲しいのです。


「世界」という存在を。


そして、生きるということを。


今回の舞台は中国の貴州省です。




この貴州は中国の中でも異彩を放つ地域である。

漢民族が9割の中国で、この地域には古くから少数民族が暮している。

最大の少数民族はミャオ族(モン族)で、プーイー族、トン族、トゥチャ族などがこれに続く。



最近まで交通の便が悪かったため民族独自の伝統文化が色濃く残る。


今日でも、棉を育て実から糸を紡ぎ、機を織る。

その布を藍で染め仕立てるといった自給自足の生活を続けている。

日本ではもう見ることのない風景がここにある。

農作業も動力を使わず、牛や水牛を使ったり人力で行う。






彼らに話を聞くと皆一様に口をそろえて言う。





私たちは手足がそれぞれある。

神様が与えてくれた大切な手足だ。

その足で大地を踏みしめ、その手で季節を感じる。

自然が私たちを生かしてくれるのだ。





“便利さだけが、幸せの基準ではない”








そんな彼らと出会ったのは今から4年前の3月。

私はこの旅で、ある家族にであった。






大学生の時、私は中国からの留学生と親しくなった。

同じ大学ではなかったが、アルバイト仲間だった。



私は、長い休みが取れるとよく旅にでる癖がある。

次の休みは、中国に行きたいと思っていた。

そのことを留学生の彼に告げ、中国でのお薦めの土地を聞いた。





「貴州がオススメだよ。日本でいう奈良みたいな雰囲気かな?」






それから、2ヶ月経った3月。

沖縄ではそろそろ夏が来そうな日差し。

私は旅にでた。











ご存知の方もいるだろうが、私の旅はリッチではない。

リュックにの中は、ポロシャツ1枚に、ボロ布同然のタオルが3枚。

飛行機代を除けば2万円だけを持参。

あと夜が寒いので、防寒用の長袖ジャージ1枚。

あとライターに○○○。とそれを入れる皿。

これだけ。

のこりは現地調達。




たまに、デジカメやノートを持って行く。

基本的に言葉は通じないので、ボディーランゲージが主流。

最初は怖いが、慣れれば楽である。

高ぶる感情だけで行動する。

そんな安易な考えでの旅も良いもでだ。





貴州省の省都、貴陽市。

名前の由来が面白い。

ここは雨の日が多く、古来より太陽が貴重だったため「貴陽」となった。

そのため、三日続けて晴れる日はないという。

だが、この雨なくして、貴陽の恵みはない。

山を切り開き棚田で稲を育てる。

これも毎日毎日適度に降る雨のおかげである。







そこには、水墨画の世界が広がっていた。


山裾が狭く、天に向かってそびえる山。

長く蛇行しながら流れる川。

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今回、この貴州を訪れたのは知人の留学生に薦められたのもあるが、それだけではなかった。






旧暦の3月14日、15日に行われる祭りを見るためである。

これはミャオ族の恋愛のお祭り。

「姉妹飯節」 を見に来たのだ。



村の娘たちは水牛の角を模した銀色の冠をかぶり、龍などの意匠を凝らした自慢の銀飾りを身につける。

足の甲まである刺繍を施した長いスカートをはき、銀飾りの音を響かせながら歩く。


祭りの際には、伝統楽器である芦笙、銅鼓、木鼓などの鳴り物を吹いたりたたいたりし、踊る。

そこで、女性と男性がお目当ての相手を探す。

上手くいけば、結婚へ。

日本でいうところの「村人総出の合コン」だろう。






私がミャオ族の村に着いたのは、祭りの3日前。

もう辺りは薄暗くなっていた。

一日の労働を終え、家路につく村人たち。


省都の貴陽から公共バスで1時間、バス停から歩いて1時間。

ようやく近くの宿屋に到着した。


この時期は他の観光客も多い。

日本人も何名かいただろうか。





その日は、流石にくたびれていたので、村を徘徊することはなかった。

翌朝。

私の朝は早い。




4時に目が覚めたら、即行動。

趣味の徘徊が始まる。







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朝の市場で品物を並べるおばさん。

山の棚田に向かう男たち。

彼らは、一様に明るい。

私が会釈をするとニコっと笑顔を返してくれる。




この笑顔との出会いがあるから、朝の徘徊はやめられない。

旅の醍醐味のだ。









実のところ、私の旅は終始、この徘徊活動である。

朝、昼、晩と歩く。


疲れたら、木陰で休む。


体力が戻ればまた歩く。


これの繰り返し。


この何も徘徊の中で、沢山の人に出会う。


言葉は分からないが、大体は口調、身振り、目線で分かる。




出会うのは何も人ばかりではない。



刻一刻と姿を変える自然。



雲間から差し込む太陽光。



木々のざわめき。



川のせせらぎの音。



これら自然の音は私に安らぎや勇気を与えてくれる。



そうやって一日を終えることが、どれだけ素敵なことだろうか。














翌朝。


また私の徘徊活動がスタートする。


昨日は、村の女の子に一人も出会わなかった。


明日には祭りがあるのに、どうしたものかと不思議に思っていた。


と、そのとき。










いた。









いたのだ。









なんだか心が弾んできた。


そして、私はいつものように、会釈をした。


すると














逃げられた。



・・・・・。






あれ?






恥ずかしい年頃なのだろうと私は自己解釈(自己弁明)しまた、徘徊を続けた。


昼過ぎ。


その日はカラっと空が晴れていた。


私の心もなんだか晴れ模様。


川原の木陰で宿屋からもらった弁当を広げた。


菜っ葉の炒め物と、胡桃と炒飯。


素朴で旨かった。


今朝起きた不思議な事件もすっかり忘れていた。








竹篭に沢山の洗濯物が私の目の前を通り過ぎていった。


ユッサユッサと左右に大きな竹籠をゆらしながら、少女が川原に洗濯をしにきた。


その様子を私は静かに見ていた。


籠を下ろした少女は、こちらに気づき、ハッとした様子で私の方に歩いてきた。




「Chinese? South Korean? Japanese?」


突然英語を話し始めた。


あまりに唐突だったので


「日本!あ、Japanese.」


と間抜けな返答だった。





少女は間髪入れずに


「ああ。今朝のお兄さんですね。私にお辞儀しましたね。」


そう言って笑顔を見せてくれた。


よくよく見れば今朝の不思議少女だった。


「最近では観光客の人が多いから、私たちも話せるようにしてるのです。」


なるほど。それにしても片言ながらも日本語が上手い。













色々と話をして、気づいたら私は、少女の洗濯物を手伝っていた。


大体、この村で観光客相手に商売をしている人は、村の言葉以外に少なくとも1ヶ国の言葉を話すようだ。


少女の家は農家だが、市場でお土産などを売るので英語と日本語を身につけたようだ。


彼女の名前はパオトー。(私は上手く発音できないが・・・)


年齢は私と一緒だったので驚いた。


身長から中学生くらいだと私は思い込んでいた。



今朝、何故逃げたのかを私は彼女に質問してみた。


理由はこうだ。


ただ単純に村の男性とあまり話しをしたことが無い。


恥ずかしかったから逃げたそうだ。


私は、安堵した。









帰り際、こうパオトーに聞かれた。


「明日、姉妹飯節(祭り)に来るのですか?」


「ああ。もちろん行くよ」


彼女は会釈をして川原を去った。
















翌朝。



残念ながら曇り。




村は爆竹や銅鑼の音が鳴り響いていた。


中国では祝い事や祭りでよく爆竹を鳴らす。


しかし、この日は喧しかった。





祭りのメイン会場の村広場は人間が多すぎた。


10分ぐらいしたら窮屈になったので高台の展望台から祭りを見ることにした。


せっかく楽しみにしていた祭りなのでしっかり終始見ていたい。




高台からは会場がよく見えた。


そこからの景色は最高に美しかった。


棚田には菜の花の絨毯が広がっていた。


私の幼いことの田舎の風景がそこにあった。


思わず、感情が高ぶり涙ぐんでしまった。



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シャリシャリーン。シャリシャリーン。


小さな金属片の音がこちらに近づいてきた。


誰かが歩いてくる音もする。


振り返って私は驚いた。





すると、相手も驚いていた。





「あ"!」






そこには昨日のパオトーがいた。


ミャオ族の伝統衣装を身にまとった美しい姿に私は圧倒された。



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(左:パオトー)













「驚いた。ロバさんだったのね。」


彼女は、一緒に来た友人に昨日のことを話し始めた。





この日、村を上げての祭りなので観光客にも祝い酒が振舞われる。


私はパオトーの友人から、水牛の角で作られた杯で祝い酒を頂いた。











んんん!辛い。


それは貴州の茅台酒(マオタイシュ)だった。

無色透明のこの茅台酒は中国で国賓を遇するときには、「乾杯の酒」として必ず用いられる銘酒である。


しかし、強い。


スピリッツの53度は喉が焼ける。



だが、私は踏ん張って杯に注がれた茅台酒を飲み干した。


パオトーたちから拍手が出た。


「外国人で飲む人少ないのに。」






祭りも終焉を向かえたころ、私は彼女に聞いてみた。


「今年はどうでしたか?」


「わたしは祭りに参加するけど、男性はまだ探さないんです。」


どうしてだろうか?


この村では正月の次に神聖で大切な祭りなのに。







それには、パオトーの家の事情が深く関わっていた。














友人たちが帰ったあと、私はパオトーの家に招かれた。


この村では旅人は幸福をもたらすとして大切にされるのだ。


日本ではあんまり大切にされてない(?)ロバなのでとても嬉しかった。





家にはパオトーの父親と弟。



母親は2年前に病気で亡くなったそうだ。



土間で父親が夕食の準備をしていた。



菜っ葉の炒め物に卵炒飯。



いい香りが家の外まで漂っていた。



しかし、その父親の姿に私は目を奪われた。



左手が肘から無いのだ。



父親は昨年道路工事の際、重機に腕を挟まれ左手を切断してしまったのだ。



しかし、その料理の手際良さは関心するほど無駄が無い。



下手な主婦より上手い。









パオトーは言った。


弟はまだ8歳。


今、他家に嫁に行けば片手の父と弟だけの暮らしになってしまう。


弟が一人立ちできるようになったら嫁入りを考えるそうだ。








親父さんの料理は旨かった。


その日は、パオトーの家に泊めてもらった。


パオトーとは同じ年のせいもあったのか、会話が弾んだ。


彼女は通訳となって、親父さんや弟とも沢山会話ができた。


夜も深け、親父さんや弟はくたびれて眠ってしまった。


寝る間際、パオトーは私に晩酌をよこした。


その晩にパオトーが言った一言を私は忘れない。

   




豊かな田園風景が広がるこの村にも、中国の開発の手が伸びてきている。


先祖伝来の棚田は潰され、商業ビルが町に多く立てられていた。




「私の父はよく言っています。」


パオトーはしっかりとした口調で話し始めた。





私たちは手足がそれぞれある。

神様が与えてくれた大切な手足だ。

その足で大地を踏みしめ、その手で季節を感じる。

自然が私たちを生かしてくれるのだ。





“便利さだけが、幸せの基準ではない”





そして、彼女はいった。






お金で物は買えるけど、消えてしまった故郷を買うことはできない。


私たち民族はこの土地が大好きです。


山も川も全てが村の宝です。


先祖たちが残してくれたこの故郷を子孫に残すために、今日のような祭りがあるのです。


今存在する日常は当たり前ではないと思います。


村を守ることが私たちの使命だと思っています。


そしてそれが私の幸せです。















昨今、日本では「勝ち組」「負け組」という言葉が多く取り上げられている。


経済的余裕のある人間が人生において「勝ち組」と称される。


果たして、その論理は正しいのだろうか。


確かに、経済的余裕があれば、好きなことは出来る。


しかし、その幸せは金銭の尺度での範囲でしかない。


金銭の尺度(経済的余裕)が、全ての幸せなのだろうか。







これから社会に出る諸君へ。


この論議に結論はまだない。


まだ無いから考えるのだ。


考えることを止めてしまえば、それは退化と同じ。


一緒に考えよう。みんなで考えよう。そしてそれは、皆が同じ答えでなくて良い。


だって、あなたの幸せの基準は、あなたの基準でよいのですから。




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by taku_kuma_2 | 2008-03-17 04:45  

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